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霊亀2年(716年)に独立して『和泉国』(現在の堺市以南の大阪南部)が生まれた際に『和泉五社』が選出されました。
『和泉五社』は、和泉国における5つの主要な神社をまとめた総称であり、大鳥(おおとり)大社・穴師(あなし)神社・聖(ひじり)神社・積川(つがわ)神社・日根(ひね)神社をの事を指しています。
平安時代、中央から派遣された国司は和泉国を任地としてからこの5つの社を参拝することが決まりとなっていました。
この巡礼の旅は順番が決まっており、それぞれ"一の宮"から"五の宮"までの名称が振られていました。
当時の事を考えると、この五社を巡拝するのは結構大変だった思います。
しかし、時代の流れとともに巡拝制度は簡略化されていきました。
最終的に各神社の御祭神を勧請して一社に合祀し、そこへ参詣するという形になっていき、その一社を『総社』とする制度が起こりました。
この時に和泉国の『和泉五社』は『泉井上神社』に祀られる形になりました。
養老4年(720年)には五大社の神輿が一同に会して盛大な祭りも行われました。
聖武天皇が特に五社を崇敬されていたこともあり、天平4年(732年)の大干ばつの際に五社総社に「雨乞祈願」が命じられ、その結果五社と総社は神領6800石が与えられていました。
『和泉五社』と『和泉五社』は毎年8月15日には「一社欠ければ祭事行わず」の取り決めのもとに神事を行ってきましたが、日根神社が戦時中に兵火に焼かれてしまい、天正13年(1585年)に豊臣秀吉によって神領地が没収となってしまった事をきっかけにこの神事は行われなくなっていきました。
私達の住む「和泉」の地名の発祥になったとも伝えられている「和泉清水」を祭る神社です。
和泉国が誕生したのは現在の府中町一帯であり、和泉国府が置かれた所でもあります。
泉井上神社は国府のほぼ中央に設立されていたそうです。
現在では小さな神社となっていますが、『和泉五社総社』の本殿は国の重要文化財であり普段は拝殿で施錠されており一般の人が近づく事は出来ないようになっています。
ただし、年始などごく限られた期間のみ開放される時期があります。
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和泉国、一の宮にあたる大鳥大社は、大阪府堺市の西区に創立されており全国にある大鳥神社の本社とされています。
また本殿は、日本の神社建築様式である大鳥造(おおとりづくり)という独自の古形式を保っている事でも有名です。
日本武尊(やまとたけるのみこと)は西征(せいせい)して熊襲を平定し、東征(とうせい)して東国を平定した後に、伊吹山で病に倒れ伊勢国能褒野で薨去します。
後に遺体はその地に葬られましたが、その陵墓から魂が白鳥となって大和国琴引原、河内国古市へと舞い降り、最後に和泉国へと舞い降りたと言われており、社を建てて祀った事が始まりとされています。
正式な名称は「大鳥神社」ですが、世間一般には「大鳥大社」の方が認知が高く一般に利用される名称となっています。
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和泉国、二の宮にあたる泉穴師(いずみあなし)神社は、大阪府泉大津市に創立された神社です。
泉穴師(いずみあなし)神社は拝殿の奥にある本殿・春日社・住吉社の3社が国指定重要文化財に指定されています。
また社殿内には計83体もの御神像が収められていて、そのうち8体が国指定重要文化財に指定されているそうです。
主祭神は、農業の神である天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)と紡織の神でである栲幡千々姫命(たくはたちちひめのみこと)のの御夫婦二柱の神と言う事です。
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和泉国、三の宮にあたる聖(ひじり)神社は、大阪府和泉市王子町に創立された神社です。
『日本歴史地名体系』によると、渡来氏族の信太首(しのだのおびと)が氏神として祀った事が始まりではないかとされていますがはっきりとはしていません。
またこの神社は「信太大明神」「篠田社」「信太聖社」とも呼ばれる事もあります。
現在の社殿は慶長9年(1604年)に豊臣秀頼が片桐且元を奉行として再建したもので、本社本殿や末社本殿は国の重要文化財に指定されています。
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和泉国、四の宮にあたる積川(つがわ)神社は、大阪府岸和田市積川町に創立された神社です。
第十代崇神天皇(すじんてんのう)によって創立され、前に牛滝川、後ろに深山川という高低相会する地に位ある事から積川(つがわ)という名称が付いたそうです。
積川神社の祭神は宮中神である座摩巫祭神五座であり、御神体は古鏡と言う事です。
また、桃山様式の特長を色濃く残した本殿は国の重要文化財に指定されています。
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和泉国、五の宮にあたる日根(ひね)神社は、大阪府泉佐野市日根野に創立された神社です。
日根(ひね)神社は神武東征(じんむとうせい)の折、神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)が戦勝を祈願した地である事から『日根野』と呼ばれ、ここに天照大御神(あまてらすおおみかみ)と須佐之男命(すさのおのみこと)の二柱を『日根大明神』としてお祀りしたのが始まりであると言われています。
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